長谷寺

長谷寺(ちょうこくじ)は昔、種月院と呼ばれていましたが、真田幸隆が武田信虎たちに信州を追われ、上州に数年亡命をしていましたが、その時に面倒を見てくれたのが、上州安中・長源寺の住職 晃運和尚でした。1547年 真田幸隆が晃運和尚を開山として迎え、真田山長谷寺を創建、菩提寺としました。
昌幸の代を経て、関ヶ原の戦い後は、昌幸の長子 真田信之の上田領として残りましたが、1622年真田信之が上田から松代に移封となった時、松代に菩提所 長国寺を建立し、長谷寺はその末寺として今日に至ってます。
境内には、真田幸隆夫妻・昌幸の墓があります。
詳しく歴史については「長谷寺」のホームページに掲載されております。